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2006年6月27日 (火)

「治せ」「治せ」といわれて

たびたび会社に休みをいただいて受診だの検査だの、その間にも突然痛みだの嘔吐だのという症状で仕事を抜けさせていただいていて、どんどん負い目を感じるようになってきました。

総合病院の診察結果の報告を会社にし、原因が分からない事に対してあからさまに苛立ちを表現される事に対して、黙って受け止めるしかありませんでした。

交渉力には自信があった過去の私はどこに?なに?この萎縮した自分は?

すでに30代半ばになっていて、自分なりに経験を積み上げてきて体得したと思っていた事の全てが、根底から崩れていく感覚に浸る毎日でした。

業務改善について話し続けていた上司は「ともかく、はよ、治せ。」の一点ばり。

本当に心配してくださる方の「どうするの?はよなおさな…歳とってから大変やで…」という言葉にも慰められるどころか反対に不安感をあおられている感覚としてしかうけとめられず、自覚以上に傷つき、これまでの対人間としての信頼関係さえも崩していくことになりました。

被害妄想もエスカレートして行き、

「なんのために、手当てにもつかない徹夜や深夜残業をして、そして体壊して…私、なんのためにやってるの?」という感情や

「報われない。こんなの、報われない。」という思いが、四六時中付きまとうようになり、

それに比例するように不定愁訴がエスカレートしていきました。

でも、生活をしていかなくちゃいけないから仕事はしがみついてでも離せない、という焦燥感。

周りの「治せ」「治せ」が、精神的に追い込まれるようにしか受け止めることが出来なくなってきたのです。

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